はらぺこうさぎ

愛を喰らえ

自虐にリボン

しっと
【嫉妬】
《名・ス他》やきもち。
・他人が自分より恵まれていたり、すぐれていることに対して、うらやみねたむこと。 「兄弟分の出世に―する」
・自分の愛する者の愛情が他に向くのを恨み憎むこと。 「愛人が妻に―する」  

 

 

好きなものがある限り、同じものを狙う人への当たりが強くなるのは人間として不自然ではない。例えば私はラーメンが好物だが、それを食べたい時に他人から「昨日の晩ご飯はラーメンだったよ」なんて聞いたらあ〜いいな〜食べたいよな〜となることは全く変わったことではないはず。嫉妬いうかやきもちに変わるはず。

 

 

だがその対象が人になったら、第三者から見た自分はどう変換されるのだろう。

 

 

世には「同担拒否」「同推し拒否」という単語がある。私の高校時代からこれは存在していて、一般的にマイナスなイメージがつく単語として扱われてきた。

でも今の自分は紛れもなくこれなんだと思う

 

好きな人が同じだけで対立する感情を醜く捉えられるだけで非常に生きにくい世界になってします。これは私の思い込みと被害妄想で済ませれば終わりだが、間違いはないと思う

 

正直言って同じ人を好きになるファン、「推し被り」のことはかなり苦手である。

ツイッターの検索で上がってくるいわゆる量産型オタクの友達募集タグも、現場での自慢のようなツイートもすべてすべて目障りだからミュートまたはブロックをして護身している。

インスタグラムにコメントするなら、アイコンやIDからわかる推し被りと遭遇してかなり黒い気持ちになるし、タグ付けも漁ってしまう。そして心の中のヘドが出る。バカだ

 

でも接してみたら意外と普通で友達になれるパターンがある。でも今以上には推し被りの身内を増やそうとも思わない

 

文字に起こしてみたら私の行動が大変惨めに見えた。相手が私の3.4歳下でも口が達者なものにはこうしてしまう。非常に醜い。

 

 

20歳、社会人3年目。これでも恋人がいる

でも使っている愛のどこかが違うからやめられない。地方に住んでいるというだけで条件が低いのにさらに同推しに舐められたくない、' 自分が一番好き ' という気持ちを見せつけるようにツーショット撮影券を大量に手に入れたり、ライブの整理番号をより番号が若いものを手に入れるために片っ端から探したり、なにに、何に対してこんなに必死になってんのか正直バカらしくなるオタクをしている。

 

 

 

以前応援していたグループの掲示板のファンネタスレで、当時のハンドルネームをつけて「お前が来なくても全く変わらない」の書き込みをされた時、心のすべてが土砂のように崩れたくせに、なんにも成長していない。

 

でもせめてもの救いはまだこの状況を楽しんでることだ。いつかは作業になって、愛が抜けたらおしまいだ

 

 

 

はぁ醜い。いつまでこうしてんだ

でも変わんないんだろうな、だってずっとこうだもん。何を好きであった時からもずっと

自分の中にある毒の話でした

 

 

変わらず私が一番好きです